ふるさと

先月3年ぶりに日本に一時帰国しました。所用で東京の隣県の田舎に2週間滞在しました。毎朝夜明けと共に起きて、近所の神社にお参りに出掛けました。景色は一面鮮やかな緑で、ウグイスが「ホーホケキョ」、ホトトギスが「ホッチョカケタカ」と賑やかに歌っていました。それに参加するように時々遠くの森からキジの「ケーン、ケーン」とコジュケイの「チョットコイ」という叫びが聞こえてきました。田圃に植えられたばかりの稲が日々背を伸ばしていました。昔は都会でも郊外に行けばどこでも見られた風景で、懐かしさを感じました。ふるさとのイメージです。...

レレレのおじさん

前回にひきつづき天才バカボンです。連載の途中から魅力的な「レレレのおじさん」が毎回登場するようになりました。彼はいつもきものを着て下駄をはいて通りを掃除しています。彼は人が通りかかるといつも「おでかけですか、レレレのレー?」と声をかけます。...

これでいいのだ

50年ほど前、少年向け週刊雑誌に人気マンガ「天才バカボン」が連載され私も楽しく読んでいました。ギャグ満載の内容ですが、毎回事件が落着すると、バカボンのパパが、「これでいいのだ」と締めのことばを言います。必ずしもハッピーエンドでない場合にもです。このことばは仏教者にとって、ブッダの大事な教えに聞こえます。ブッダは、人生は苦である、と言いました。人が体験することは必ずしも思うようにいかないことから来るつらさを意味しています。それに対して、ものごとをあるがままに受け止めることができれば、苦から開放されるのです。「これでいいのだ」は悟りを表し...

おかげさまで

日本では、他の人から祝福のことばをかけられたときに、返礼として、「おかげさまで」と答えることがしばしばあります。例えば、学校に合格した、就職が決まった、結婚することになった、病気から回復した、ときなどです。声をかけてくれた人が、これらの幸運をもたらすために直接支援してくれたのであれば、幸運はあなたのおかげです、と感謝していることになります。ところが、直接の支援がなかった場合にも、祝福のことばに対する感謝として「おかげさまで」と言います。何の/誰のおかげか、はっきり言わずに感謝するのです。...

ティク・ナット・ハン師

ティク・ナット・ハン師が1月22日、95歳で亡くなられました。 現代の偉大な仏教指導者の一人で、彼の教えは世界中の多くの人々の心に届きました。 彼も華厳経のインドラ網の教えを説きました。一人ひとりが独立した存在ではなく、   他の人々、動物、植物、その他宇宙のすべてのものとつながりの中で生きていることを、「Interbeing」と表現しました。I amではなく、I inter-am、We areではなく、We inter-areなのです。人は死んでも花の中に、雲の中に、また皆の心の中に生き続けるのです。...